2009.10.27 第6回 ゆっくり育む緑の環境

都市生活学部教授 淺石 優
大分前の話だが、銀座に当時日本大学教授の近江栄氏が世話役をやっていた建築家倶楽部というサロンがあって、或る建築家の講演会後の質問タイムに、ぼくの担当した「アクロス福岡」のステップガーデンが話題になった。「緑の量に比して建築が強すぎる」に始まって「あれはみじめですねぇ」から「あれは失敗です」ということになり、当然、ぼくとしては緑の環境形成はそんなことではないことをお話することになった。
1995年に完成したアクロス福岡の建物は、旧県庁舎の跡地に建っている。跡地の南半分は地下駐車場を内包した天神中央公園、北半分は舗装されたイベントスペースになっていて、長い間都市公園として市民に親しまれてきた。
今から30年ぐらい前に家族でロンドンに住んでいたことがあって、ハイドパーク・ケンジントンガーデンをはじめとする大公園、古くは貴族が敷地の一部を提供してつくられたスクエア、リージェンツパーク北部のパーラメントヒル、それらに連続するハムステッドヒースなど、都市を構成している伝統的な建築群とのハーモニー、その心地よさが記憶に残っていた。
設計時に、人口一人当たりの公園面積を調べたところ、ロンドンの30.4平方メートルに対して福岡は3.8平方メートル、東京にいたっては1.7平方メートルという惨憺たるもので、福岡市都心部のオープンスペースの広さを考えても、北側の敷地を含めた全体をオープンスペースにすべきであることが明らかだった。10万平方メートル近い建物のヴォリュームの約四割を地下空間とし、天井高60mのアトリウムを内包した地上部分のグランドレベルから約60mの高さにある屋上までを緑ゆたかなステップガーデンとすることで、天神中央公園と連続一体化した新しいかたちの都市のオープンスペースが誕生することになった。
大正9年に完成した明治神宮の内苑、外苑の樹木は全国からの奉献によるもので、植物相の変移を経て立派な森に成長しているし、軽井沢の景観を代表するカラマツ林は、明治16年甲州財閥雨宮啓次郎が700万本におよぶ幼木を植え、長い年月を経て形成されたものである。現在良好と思われる緑の環境も始めからそこに存在していたものばかりではなく、長い時間をかけて新しい環境をつくるべく緑を育成してきたものが少なくない。
日本人はもともと、緑豊かな自然環境に恵まれていたこともあって、新たに緑の環境をつくるということになると、性急にその完成された姿をもとめることが多いが、子供の時代を見据えてじっくりと緑を育成する姿勢が大事である。
淺石 優教授 略歴
大阪万博の年に、武蔵工業大学工学部建築学科を卒業。
大学4年から医院建築の設計を手がけ(SPACE DESIGN GROUP)、卒業後完成。れんが敷の床、適度に囲まれた中庭、打ち放しコンクリート、そしてガラスボックスがやりたかった。医院が開業したとたんに、先生の奥さんから電話がある。「待合室が暑くて患者さんが皆帰ってしまったわよ。どうにかして頂戴!」と。冷房があり、ロールブラインドがあり、ガラス屋根上部には水が流れ・・・。学生の浅知恵。ヨシズをガラス屋根に載せて事なきを得る。外断熱は目を見張るものがあった。淺石建築の原点。その後日本設計に入社。熱帯ドリームセンターや多摩動物公園・昆虫生態園などの動植物系建築。富山市庁舎や跡見学園などの素材を多用した建築。長岡造形大学やアミュゼ柏などの打ち放しコンクリートとガラスの建築。読売広告社やアクアマリンふくしまなどのガラス質の建築。アクロス福岡や秩父市歴史文化伝承館などの緑で覆われた毛深い建築など、環境を重視した作品多数。日本建築学会賞、BCS賞、公共建築賞、JIA環境建築賞など受賞多数。



























