2010.09.01 第9回 海外のゲイティッド・コミュニティ2(インド&モロッコ編)

都市生活学部教授 平本 一雄
インドにもゲイティッド・コミュニティが建設
ロサンゼルス訪問の2ヶ月後の12月に今度はインドのデリーを訪問した。インドは成長著しいBRICKS諸国のひとつとしてアジアでは中国に次ぐ経済成長を遂げている。今回のリーマンショックでも実体経済を中心に成長してきていることもあり、さほどの影響を受けておらず、国内では国民所得の上昇とそれに伴う都市開発が盛んに行われている。首都のデリーもムンバイやカルカタ同様に人口の急成長と都市域の膨張が著しい。日本の50年前、中国の10年前の状況と形容してよいと思われるように、現在は都市インフラの建設が推進されている。ここかしこの幹線道路の上には高架鉄道のためのコンクリートの柱脚がその下を行き交う群衆を睥睨してそそり立っている。この高架鉄道は都心部に入ると地面から下に潜り地下鉄となる郊外電車である。都心部は既に都市交通機関として完成し、供用されてきていることから現在では外延部に向けて四方に伸びる路線が建設されているということだ。その郊外の拠点となるところはメトロセンターと呼ばれ、オフィスビル、ショッピングモール、住宅が集積しつつあり、LA郊外のオレンジカウンティ同様エッジシティを形成しつつある。オフィスビルはITを中心とする外資系企業が入居し、そのガラス張りの斬新なデザインの建築物が立ち並ぶ様子は、ここがインドかとこの目を疑いそうだ。
こうした地域に特徴ある2種類の開発が進行している。そのひとつはコンクリートの城郭のような豪華さと威圧感を持った高層集合住宅群であり、わが国で言えば億ション団地とでもいうものだ。農地の中に突然現れるこの団地は、昨年アカデミー賞を受賞した映画「スラムドッグ&ミリオネアー」に出てくる現在のインドの風景そのものだ。もうひとつはミニ邸宅とでもいえる高級住宅の集合を想定した戸建て住宅団地である。その都市空間デザインは、オレンジカウンティのものとは比較にならないお粗末なものの、団地全体が周囲を塀で囲み、警備員のいるゲイトを介してのみ出入りができるというゲイティッドコミュニティのスタイルを採用しており、造成や修景の貧弱さに比べてゲイトの立派さが目立つ開発であった。"NRI CITY / A little Singapore in India"と名打たれたこの開発は、米国など海外に在住し活躍しているインド人をマーケットにシンガポールのディべロッパーが開発した特定階層向けの住宅地だということである。海外で成功したインド人が母国に帰国した時の別荘(本宅?)のための宅地で、まずは簡易造成して販売し順次上物が建設されていっている。この高層集合住宅群も戸建て住宅団地もともにインドでは「ソサエティ」の呼称のついた開発になっている。特定の所得層や社会階層の人々のみが入居できる住宅地ということである。経済が急成長していくインドにあって、これまでのカースト制度の中での上位階層とは別に、新たに勃興してきた高所得層をマーケットとして彼らの成功に対する自負心をくすぐるような形で開発展開しており、そのため見せかけ上の治安を保ち、そのソサエティの住民のみしか出入りできないという閉鎖性が売り物になっているのである。このコンセプトはLAに見るゲイティッド・コミュニティのものと全く同一である。

米国、インドのようなゲイティッド・コミュニティではなくジェーン・ジェイコブスが言った「日常的な見守り」がうまく成功している住宅地はどこかにないのだろうかと思いを巡らすと、一昨年訪れたモロッコのメディナが思い浮かんできた。知らない人間が入っていくと出られなくなるという迷路空間、かって映画「望郷」で犯罪者ジャン・ギャバンが警察の手の届かない場所として逃げ込んだところである。わが国では、かつてこれをカスバという言葉で呼んでいたが、現在は研究者のフィールドワークも進み、メディナとしてイスラム都市特有の空間構成が明らかにされてきている。
一昨年の秋、訪れたフェズは、欧米の都市とは異なる魅力的なものだった。植民地支配をしたフランス人が現地人と支配階級の分離政策と取ったことにより1000年前の都市空間がそのまま残ったこの街は、城壁の中に自動車は入ることができず、モータリゼーションによる歴史空間破壊からも免れた貴重な場所である。フェズ・エル・バリ(古い街)と呼ばれる城壁に囲まれたこのメディナには東西にその主要な門があり、西門はブー・ジュルード門と呼ばれている。この門をくぐると小さな広場を囲んで商人宿、カフェ、食堂、食べ物屋などが並んでおり、そこを人々や荷物を積んだロバなどがひっきりなしに通って行く。外部に開いた門と街の中心施設である大モスクを結ぶ幹線街路の道幅は4メートル程で、これは荷物を積んだロバがすれ違えることを基準に決められた幅員であるという。幹線から分かれる支線としての地域街路となるとロバが通れればよい幅として2メートル、さらに個別の住宅に至る袋小路では人がすれ違える幅の1メートルという幅員で構成されている。
幹線街路から地域街路へ、地域街路から袋小路に分かれる場所の多くには小さな門が設けられ、その門の中がひとつの自治的な空間であることを示している。これらの門にはかっては木の扉が設けられていた痕跡が残っている。幹線街路より街区門を中に入っていくと泉が設けられた広場があり、その近くに街区のための小モスク、公衆トイレ、ハマーム(風呂屋)、食料品店など生活必需品を扱う店が並ぶスークが配置され近隣住区を構成している。さらにこの地域街路のところどこに設けられた小さなアーチ状の門を入ると、1メートル程の道が次第に狭くなり、頭上の建物が街路に徐々にはみ出し、薄暗くなり、しまいにはお互いに上部の階が結合してトンネルとなり、真っ暗になってしまう。しかも直線ではなくクランク上に折れ曲がり、まるで方向感覚を喪失していく。くねくねと折れ曲がるこの小路は、さらに分岐してそこを進みむと行き止まりの袋小路となってしまう。最初の入り口の門から100?200メートルもの距離のある袋小路は外部の人間にとっては何とも気味の悪い空間である。それでも、少し幅員の広くなった所や折れ曲がりちょっとした空間ができた場所では子供たちがボール遊びなどに興じたり人間的な風景をそこに感じ取ることができる。街区という近隣単位でのコミュニティがさらに住区単位に細分され、居住者のためだけの私的な静かで落ち着いた空間がそこに保たれている。小路の両側に並ぶ住宅は3階建から4階建てが多く、窓はほとんどないが、数少ない窓にはその家から小路への視線を感じ取り、そこに日常的な見守りがある。
住宅の入り口の木の扉には「ファティーマの手」と呼ばれる魔よけが施され、これを使って2回ノックすることにより、その音の調子で訪問者を判断できるようになっている。さらに扉を開けて中に入ってもクランク式の通路になっており、内部の究極の私的な小宇宙としてのパティオは見渡せない造りとなっている。住人のための最後の私的な空間に至るまでに、公的な空間が次第に私的な度合いを強め、プライバシーと治安を確保していく見事な仕組みがここには存在している。
フェズのメディナのさらなる特徴は、街区、近隣住区が所得階層で分かれてこなかったことだ。もちろん、ユダヤ人や、キリスト教徒など異教徒は住区が分離されてきているがモロッコ人の間での分離はなく、邸宅を構える高所得者も、小さな家の低所得者も混在して居住しひとつのコミュニティを形成してきている。地区の維持や時折の催しものには所得や格式に応じた負担が求められる。また、面白いのは、内にパティオという小宇宙を形成する空間構成であることから、街路に面したファサードは高所得者層の邸宅といえども極めて質素なドア一枚の造りで、それだけではなかなか内部の豪華さを判別することはできない。都市空間的にも、平等にコミュニティを構成している住民の表情がここに表れていると言えよう。ただ、残念なことに、こうしたメディナの中の邸宅は、車社会となって乗用車を所有する高所得者にとっては、不便極まるもので、次第に郊外の新興邸宅地に本宅を構えてここを別宅としたり、欧米人に売却して高級小ホテルに変化していったりしている。かつての、コミュニティ・モデルが変質しつつあるのだ。

現代文明社会のもつ物理的な快適性と効率的な行動原理は、かつての地域社会が有していたソーシャル・キャピタルとの引き換えでしか得られないものだろうか。
平本 一雄教授 略歴
京都大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了。工学博士。
三菱総合研究所都市経営部長、取締役人間環境研究本部長、東京工科大学メディア学部教授を歴任。現在、東京芸術大学大学院美術専攻科および早稲田大学大学院創造工学専攻科の講師を兼任。
これまで、東京臨海副都心、ソウル市街地再開発、マレーシア情報都市の都市プランニングなど様々なプロジェクトの企画、事業化推進に従事。
著書:「東京プロジェクト」(日経BP)、「臨海副都心物語」(中公新書)、「高度情報化と都市・地域づくり」(ぎょうせい)、「東京これからこうなる」(PHP)など。



























