東京都市大学 TOKYO CITY UNIVERSITY



すまいと健康 ―シックハウス問題の軌跡から学ぶ―

健康で快適な環境づくりのパイオニア 坊垣 和明

坊垣 和明

1990年代初頭より次第に顕在化したシックハウス問題は、1990年代半ばを過ぎて社会問題化し、住宅建築行政を司る建設省(当時)による健康住宅研究会(今泉委員長、1996年より)をはじめとして、厚生省や通産省、農林省などの関連省庁、大学、学会などで積極的な調査・研究・開発が行われました。

シックハウス問題は、建材や塗料から発生する有害化学物質が室内に充満し、居住者の健康を害する現象ですが、化学物質を含んだ、いわゆる「新建材」が大量に使用されたことが原因だと考えられます。新建材は、天然の木材のように反ったり曲がったりしないので使いやすく、工場で大量に生産され安価に供給されました。大量生産大量消費の20世紀型物質文明を支えた材料の一つですが、十分な安全性の検証がなされないままに使用されたため、思わぬ弊害をもたらすこと となりました。安全性への認識が乏しい中で、利便性や経済性が優先された結果であるとも言えます。
この問題に建設省建築研究所(現在の独立行政法人建築研究所)の研究者としていち早く取り組み、実験研究施設を整備し、研究プロジェクトなどの中心メンバーとして活動しました。建築分野では全く未知の領域における問題であったため、実験施設を造り実験の仕方を考えるというゼロからの出発でした。また、医学や化学など他分野との協調が不可欠な問題でもあり、分野間の違いを認識し、それに“慣れていく”ことが求められました。例えば、建築ではkgやトンの単位が普通ですが、化学物質の量はマイクログラムやナノグラムで表されます。9桁も12桁も小さい数値を扱う必要に迫られ、求められる精緻さにおおいに戸惑いました。これらを何とか克服し、建築に役立つ知見としてまとめられた成果は、建築基準法におけるシックハウス規制などに活かされることとなりました。
規制後の室内空気質は格段に改善され、安全な住まい造りに役だっています。シックハウス規制は、産官学が連携して原因を究明しその対応策を検討した結果が 法体系に組み込まれるという、理想的な規制強化の事例であるとともに、生命の安全を第一義としてきた建築基準法の概念の中に「健康」の視点が導入されるという、画期的な転換点となる規制でもありました。
20世紀後半の高度成長期には、新建材をはじめとする新しい技術や素材が数多く開発され使用されました。その結果、われわれは便利で快適な環境を手に入れることができました。しかしながら、その代償として様々な問題が顕在化することとなりました。シックハウスはその代表と言えます。そして、まだまだいくつもの問題が眠っていると考えられます。 これらの問題を考えるとき、次の3つの観点が必要です。
(1)眠っている問題が顕在化した場合には、速やかに原因を究明し対応を検討しなければならない。
(2)もっと大切なことは、影響が及ぶ前に対処すること、未然に被害を食い止めることである。長い人類の歴史の中で経験し使用したことのない新しい技術や素材があふれているが、今一度、安全や健康の観点でこれらを見直す必要があるだろう。
(3)さらにより積極的に健康や安全、快適性を増進する新しい技術の発掘・開発も重要である。
今後の研究においては、3点目の視点が最も重視されるべきですが、当面、(1)(2)の視点への配慮も忘れてはならないでしょう。

略歴

北海道大学工学部建築工学科卒業。博士(工学)。
建設省建築研究所第五研究部長の後、独立行政法人建築研究所研究調整官、研究総括監、首席研究員を歴任。シックハウス問題に取り組むほか、住宅・建築における居住性能向上や省エネルギーに関する各種プロジェクトに参画、主導。シックハウスや空調制御に関する特許取得。

著書:「寿命を縮める家(共著)」(講談社ブルーバックス)、「オフィスの室内環境評価法 POEM-O普及版(共著)」(ケイブン出版)、「民家のしくみ」(学芸出版社) など。

担当科目
くらしと環境、住まいと資源・エネルギー、住まいの性能と評価、環境と設備、都市の居住環境

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