

肌をなでていく海風、開放感あふれる水辺、彼方に立ち並ぶビル群、こうしたお台場の魅力は、人工物で圧迫させられる東京にあって、都心から至近の距離にありながら、遠隔地のリゾートのような環境が造られているところにあります。都市の中の保養地を示す言葉「アーバンリゾート」にまさに相応しい場所です。
刑事ものドラマ「踊る大捜査線」の舞台となったのを皮切りに、木村拓哉、松たか子共演のドラマ「ラブジェネレーション」の場ともなり、あっという間に全国の人々が知る場所となっていったお台場ですが、いつから、どのように作られてきたのでしょうか?

- 平本教授による構想段階のお台場の完成イメージ
街ができる前、この場所は昼間ウィンドサーファーたちがやってきていましたが、ほとんど人影はなく、せいぜいギャング映画のロケ地として使われるのが常でした。そんな無人の地に街を建設しようという計画ができたのは1988年でちょうど20年前のことでした。
埋立地に情報都市を建設したいのでマスタープランを作成してほしいと東京都から私のところに依頼がなされました。インターネットの時代を予想しての新しい都市づくり、光ファイバーを巡らした街の計画をするとともに、そこにデジタル時代のメディアセンターを建設する構想を盛り込みました。それが現在のフジテレビとニッポン放送の建物となって実現し、お台場から最新のニュースが、そして人気ドラマやバラエティが発信される情報センターとなったのです。

- お台場から見たレインボーブリッジと東京タワー
ちょうどその頃、ニューヨークに出かけた私は、マンハッタンからブルックリンブリッジを渡った橋のたもとのレストランから吊り橋のネックレスのようなイルミネーションと超高層ビル群の光の洪水に目がくぎづけになっていました。肌をかすめてゆく海風に心地よさを感じながら「こんな場所が東京にもほしい]と思いました。お台場には既存の東京にはないおおらかさ、のどかさがあります。青い水面と緑の台場、遠景に望む東京タワーや高層ビル、こうした解放感の素晴らしさはニューヨークを上回り、アーバンリゾートになる魅力をお台場は持っていました。
早速、お台場の将来イメージを1枚のイラストに表現しました。それはオープンカフェのレストランから、イルミネーションに輝くレインボーブリッジの背後に東京タワーと高層ビル群を眺めるものでした。このイラストはマスタープランの中に盛り込まれ、このイメージに沿って街の建設がなされ、同じ光景を私たちはいま、お台場で楽しめるようになっているのです。
京都大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了。工学博士。
三菱総合研究所都市経営部長、取締役人間環境研究本部長、東京工科大学メディア学部教授を歴任。現在、東京芸術大学大学院美術専攻科および早稲田大学大学院創造工学専攻科の講師を兼任。
これまで、東京臨海副都心、ソウル市街地再開発、マレーシア情報都市の都市プランニングなど様々なプロジェクトの企画、事業化推進に従事。
著書:「東京プロジェクト」(日経BP)、「臨海副都心物語」(中公新書)、「高度情報化と都市・地域づくり」(ぎょうせい)、「東京これからこうなる」(PHP)など。

- 世界の都市、プロジェクトマネジメント(1)、まちの観察、都市開発プロジェクト













































