
いまから50年前の渋谷はどんな街だったのだろうか?当時の航空写真で観察してみましょう。通りの大まかな骨格は現在と変わらないものの、現在のような高層な建物はほとんどなく、駅周辺の低層の商店街のほかは、多くが住宅街だったことがわかる。代々木公園はアメリカ軍の宿舎だったし、東急百貨店本店も西武百貨店ももちろん存在しない。キャットストリートは川だった。松濤の住宅街だけが時間が止まったかのように今と変わらないところも興味深い。東京オリンピックを6年後に控えた当時の渋谷はこのころから急速に発展してゆく。

- A 代々木公園はワシントンハイツという米軍の住宅だった
- 代々木公園は戦前は代々木練兵場と呼ばれ、敗戦後の1945年にアメリカ軍に接収され、米軍の宿舎敷地・ワシントンハイツとなった。その後1964年に東京オリンピックの選手村となった後、1967年10月20日に開園された。
- B 渋谷センター街は宇田川有楽街という名前だった
- 渋谷センター街一帯の「宇田川町」という地名は、かつて、この場所を流れた宇田川という河川に由来する。昭和4年から沿岸工事が進み、昭和10年代には飲食店やカフェが建ち並び始め、やがて宇田川も暗渠化された。昭和30年頃になると、このエリアは「宇田川有楽街」と名付けられ、新宿と肩を並べる繁華街へと発展した。
- C 公園通りもスペイン坂も住宅街だった
- 当時の渋谷はほとんどが住宅街だった。公園通りと名前がついたのは1973年にPARCOがオープンしたときで、それまでは「渋谷区役所通り」と呼ばれていた。1958年時点では渋谷区役所もできていないので何という名前だったかはわからない。スペイン坂という名前がついたのは1975年だから、この時より15年以上後のことである。
- D 東急百貨店本店は小学校だった
- 東急百貨店本店が開業したのは1967年。当時は住宅街の中にある小学校だった。航空写真では、校舎やグラウンドがくっきりと写っている。
- E 表参道駅は神宮前駅という名前だった
- 表参道駅は1938年に開業したが、当時の名前は「青山六丁目駅」だった。翌年に「神宮前駅」と改称された。当時、明治神宮への最寄り駅だったことからこの名前がついた。現在の駅名になったのは、1972年のことである。また当時のホームは現在よりも少し渋谷寄りにあったそうだ。
- F キャットストリートは穏田川という川だった
- 明治通りと並行して渋谷と表参道を結ぶキャットストリート。なだらかなカーブの歩行者専用道路にトレンドを敏感に反映したショップが軒を連ねるが、かつてこの通りは穏田川という川だった。それが1964年の東京オリンピックの開催の年に蓋がされ、暗渠化され、アスファルト舗装の道路となった。
- G 松濤の住宅街はいまと全く変わっていない
- 他の地域は当時の面影はなく変わってしまっているが、松濤の住宅街はいまも昔も変わっていないことがよくわかる。
現在の渋谷を原宿や青山や代官山なども含んだ広域的な視点で眺めてみよう。渋谷駅には山手線、東横線、井の頭線、銀座線、半蔵門線、副都心線など多くの鉄道・地下鉄のターミナル駅になっている上、すぐ近くには首都高速道路も通っている。駅の北西はセンター街やSHIBUYA109など若者でにぎわうエリアや、東急百貨店、西武百貨店、パルコ、丸井など大型商業施設が集積エリアなどがある。レコード店やクラブ、映画館なども点在し、まさに渋谷文化の発信基地となっている。

- A SHIBUYA 109
- B 渋谷マークシティ
- C 109-2
- D Q-FRONT
- E シブヤ西武A館
- F シブヤ西武B館
- G HMV
- H OIOI JAM
- I OIOI CITY
- J LOFT
- K PARCO part1
- L PARCO part2
- M PARCO part3
- N 東急ハンズ
- O PARCO QUATTRO
- P 東急百貨店本店
- R TOWER RECORD
- S 渋谷CC Lemonホール
- T SHIBUYA-AX
- U セルリアンタワー東急ホテル
- V エクセルホテル東急
- W グランベルホテル
- X 代々木体育館








































