魅力的な都市の創造には
戦略、組織、制度づくりが欠かせない

経営・経済の観点から人々の豊かな都市生活を実現するプロフェッショナル

橋本 倫明

魅力的な都市とはどのような都市でしょうか。ガラス張りの超高層ビル、流行のレジャー施設、整備された交通インフラ、充実した医療・教育体制、豊かな自然環境、歴史や観光資源、賑わい、安定した財政基盤など都市の魅力は様々ですが、私は「人々に豊かな都市生活を提供する」ことが魅力的な都市の最大の条件だと考えています。建造物や施設、インフラや環境などはその構成要素に過ぎず、都市は何よりもまず「人」のニーズを満たすものでなければいけません。また、都市の魅力の創造には何が必要でしょうか。資金、土地、人材、技術、情報、観光資源なども重要です。しかし、「人」が都市を創る以上、多様な資源をどのように活用するかについての戦略策定、スムーズに資源活用を実行する企業や自治体等の組織体制構築、そして組織の資源活用を支える社会・経済制度の設計も非常に大切です。
このような問題意識のもと、私は経営学や経済学の知見と、会計監査の観点から様々な組織運営を見てきた実務経験に基づいて、人々のニーズを捉える魅力的な都市を創るための戦略、組織、制度づくりを研究しています。
今日、企業が激しい生存競争にさらされているように、少子高齢化や人口減少、ライフスタイルの変化、物流や交通網の発達などの要因によって都市間の生存競争が激しさを増しています。このような状況を生き抜く都市は、自らの資源の価値を見直し、地域住民・企業・自治体など様々な主体の協働を通じて、変化する人々のニーズに適応するようにその魅力を再構築する必要があります。この環境変化適応のための自己変革能力は企業経営の世界でダイナミック・ケイパビリティと呼ばれますが、今まさに、都市のダイナミック・ケイパビリティが求められているのです。

図1 史跡足利学校

ダイナミック・ケイパビリティを活用した都市経営として、栃木県足利市の事例を紹介します。足利市は古くは織物産業で栄えた足利家ゆかりのまちで、日本最古の学校として知られる足利学校や風情ある街並みはその重要な観光資源となっていますが、近年の取り組みを通じて新たな魅力を発信しています。1つは、大藤棚で有名なあしかがフラワーパークでの戦略的な資源活用です。事業の特性上客足が遠のく冬場にパークでのイルミネーションを始め、年々充実させていき、今では全国ランキング1位を何年間も獲得する有名スポットになりました。また、CNNの「世界の夢の旅行先10ヵ所」に選定されたことで海外からの観光客も増加し、これに伴って2018年に最寄り駅も新設されました。パークをめぐる戦略的な資源活用は運営会社の足利フラワーリゾート、JR東日本、自治体の組織的な協働によって実現されたもので、さらには、電車に乗り換えてパークに向かう「パーク・アンド・トレインライド」という混雑緩和のしくみづくりもその一環として行われています。

図2 あしかがフラワーパークの藤棚

もう1つ、足利市は首都圏からのアクセスの良さや豊かな自然環境という資源を再活用し、「映像のまち」としてドラマや映画の積極的な撮影誘致も始めました。これは市が中心となる戦略的プロジェクトで、市役所に専門部署「映像のまち推進課」を設置して組織的に取り組んでいる全国でも珍しいケースです。最近では渋谷のスクランブル交差点が再現されたロケ地が大きな話題になっています。これらの新たな魅力の発信は、足利市がダイナミック・ケイパビリティに基づいて既存の資源の価値を再発見し、その資源を新たな組織や協働を通じてこれまでと異なる方法で再活用し、人々の新たなニーズに適応することで実現されたと考えられます。
企業経営と同じように、すべての都市にとってベストな経営方法は存在しません。私はこれからも都市の戦略、組織、制度の探究と調査を通じ、それぞれの都市に適した経営のあり方を提言していきたいと考えています。

略歴

慶應義塾大学商学部卒。同大学院商学研究科修士課程および後期博士課程修了。博士(商学)。あずさ監査法人(現 有限責任あずさ監査法人)に勤務し、会計監査を担当。慶應義塾大学商学部助教を経て、2017年より現職。経営戦略(とくにダイナミック・ケイパビリティ論)、企業境界、コーポレートガバナンスといった企業経営に関連する広範な問題を解決すべく、組織の経済学等のアプローチに基づいて研究活動をおこなっている。経営哲学学会理事。

著書:『ダイナミック・ケイパビリティの戦略経営論』(共著,中央経済社)、『企業の不条理――「合理的失敗」はなぜ起こるのか』(共著,中央経済社)、『経営哲学の授業』(共著,PHP研究所)

論文:「Self-Expansion or Internalization as the Two Processes of Vertical Integration: What Informs the Decision?」(Economies)、「企業の垂直境界設定に関する一般理論の構築に向けて」(日本マネジメント学会)、「ダイナミック・ケイパビリティ・ベースのコーポレートガバナンスー日本版コーポレートガバナンス・コードにおける取締役の役割に着目して」(経営哲学)、「企業の競争戦略と垂直境界―取引コスト理論分析」(三田商学研究)、「コーポレートガバナンス制度としての内部告発制度――内部告発制度をめぐるエージェンシー理論分析」(経営哲学)、「洗練された競争戦略論―取引コスト理論を組み入れた競争戦略論」(三田商学研究)など。

担当科目

経営戦略論、経営学概論、都市の経済学、マーケティングリサーチ演習(1)、コンピュータ演習ほか