自然のしくみから学んだ方法で、
よりよい建築と街を「生成」する

国際的な建築家、そしてアルゴリズミック・デザインのパイオニア

渡辺 誠

毎朝、起きると、まずいちばんにするのは、窓を開けて、空を見上げることです。
見る空はいつも同じなのですが、見える空は毎日違います。
流れる雲のかたちや並びかた、色と明るさの具合、そこに同じパターンは二度と現れません。 すっきりどこまでも深く蒼い空、あるいは視界を遮る豪雨、ときに眼を射る雷光、そして舞い降りる白い粒子に満たされた、限りのない空間。
一方、空の下の街の、建築の姿は、空ほどには変化しないようです。光と影は時々で変わりますが、かたちも色も、概ねひとつ。

九州新幹線 新水俣駅

自然の空や雲は、絶えず姿を変えます。空だけではありません。遠くの海も、風にそよぐ近くの木立も、いつもかたちが変わるのに、雲は雲、海は海、桜の木は桜。
建築はいつも同じ姿ですが、どこか少しでも壊れると、直して元の姿にしないと支障が生じます。
自在に姿を変えながら、そのものであることは失わない自然物と、いつも同じ姿でいようとして、それが少し欠けると機能が損なわれてしまう人工物。この違いはなぜ起きるのでしょう。
建築や街も、雲や樹木のように、ときどきの環境条件に対応してかたちを変え、成長し、それでいて壊れることはなく、必要な仕事はきちんと行う、というようにはならないものでしょうか。

でも、自然のかたちをマネして、木のかたちをした建築をつくっても、人体を模した都市を設計しても、それは自然とは関係ありません。かたちを真似するのではなく、しくみから学ぶこと。
自然はなぜ自然なのか、その原理と方法を探して、取り出すこと。それができれば、それを使ってデザインすることができるはずです。自然から学んだ、デザイン。
それは、設計する、というより、発生させる、そして育成する、という方が近いかもしれません。
街や建築が、設計されるのではなく、産まれて育つ、こと。建築と都市を、「生成」すること。

さらに、こうして学ぶ対象は、私達の毎日の活動から生まれる、ウエブ世界や、市場といった、社会システムにも広がります。
私たちのつくる街や社会は、すでに、もうひとつの「自然」とも呼べる存在です。街も、いまある街それ自身から、(そこに隠れている秘密のしくみを)学ぶことができるのです。
風や水や木樹のような第一の自然から学ぶこと、そして、ネット社会や都市という第二の自然から学ぶこと。
そうして、毎朝見上げる雲のように変幻自在で、風に乗る鳥たちのように自由な、そんなデザインができるといいな、と思って、試行と研究と、創造活動を行なっています。

略歴

横浜国立大学大学院建築学修士課程修了。磯崎新アトリエを経て、渡辺 誠/アーキテクツ オフィス設立。台湾淡江大学建築学科講座教授、岡山県立大学デザイン学部建築領域教授を歴任。建築設計と並行して、自然のしくみから学ぶ新しい設計方法「アルゴリズミック・デザイン」を主導し、実行している。内外で受賞多数。

作品:都営大江戸線飯田橋駅、青山製図専門学校1号館、九州新幹線新水俣駅、つくばエクスプレス柏の葉キャンパス駅、台中市野外劇場RIBBONs、環境アートワーク「FIBER WAVE」 など。

著書:「MAKOTO SEI WATANABE」(L'ARCAEDIZIONI/伊)、「INDUCTION DESIGN」(Birkhäuser/スイス、Testo & Immagine/伊)、「MAKOTO SEI WATANABE」(EDIL STAMPA/伊) 、「建築家」 (実業之日本社)、「流体都市」(実業之日本社)、「建築は、柔らかい科学に近づく」(建築資料研究社)、「アルゴリズミック・デザイン 建築・都市の新しい設計手法」(共著:日本建築学会編/鹿島出版会)、「アルゴリズミック・デザイン実行系」(丸善出版) など。

担当科目

建築空間論、空間デザイン演習(3)ほか